この連載ではQ&Aの形で胃粘膜下腫瘍(特にGIST)について患者様にもわかりやすい表現で説明 しています。 今回も診断についてですが、腫瘍が悪性かどうかの診断についてす。このお問い合わせは大変多いものです。
A:粘膜下腫瘍には悪性も良性もあります。悪性とはどういうことかというと、放置すれば腫瘍が大きくなり、やがて胃の他の臓器に転移し、全身に散らばって命を落とす病気ということです。2019年2月に俳優の萩原健一さんが悪性の胃粘膜下腫瘍(GIST)で亡くなりました。彼の死により、粘膜下腫瘍の中には命を奪う恐ろしいものも含まれているんだと世間に認知された経緯があります。
【画像①】 粘膜下腫瘍が良性か悪性かの術前診断は困難です 。2センチ程度のものは悪性度が低いものが多い。大きくて潰瘍を形成するものは悪性度が高いものが多い。画像①の左は6センチのGISTで潰瘍を伴う。高悪性リスクであった。右は3センチのGISTで低悪性リスクであった。
【画像②】手術で切り取った腫瘍。左は3㎝で低悪性度であった。右は6㎝で潰瘍と壊死(細胞が腐って死んだ状態)を伴い高悪性度であった。
手術前に、悪性か良性か知りたい気持ちは十分わかります。心配でたまらない方もいらっしゃることでしょう。しかし手術前には正確なことはなかなかわかりません。胃カメラの写真を見ても正確には判別できません。手術で取れた腫瘍を手に取ってみてもわかりません。それをくまなく顕微鏡で調べて初めて悪性度の指標がわかります。
GISTは悪性ですといっても、悪性だからと言ってただちに命に危険を及ぼすとは限りません。猛獣だからと言ってただちに人を襲うとは限らないのと同じです。ライオンやトラは赤ちゃんの時にはかわいい猫のようなものです。しかし動物分類学的には立派なライオンやトラです。
GISTは手術で摘出した腫瘍の最終診断で、「リスクが低い、中程度、高い」というような分類がされます。リスク分類は細胞の核分裂の程度を調べ、それに基づいて計算されます。これは、核分裂が多いと発育速度も速く、また手術した時点ですでに胃の外や肝臓に散らばっている可能性もあります。核分裂が少なければ、ほぼ良性として扱っても良いくらいで、再発や転移の心配はいらないほどです。小さいGIST(2センチ程度以下のもの)はほとんどすべてが低リスクです。ライオンの赤ちゃんのようなものです。
「粘膜下腫瘍は全部良性ですよ」という考え方は間違っています。安易に考えてそのまま何年も放置していると、なかには悪性としての動きを活発化させ、おなかの中に散らばったり、肝臓に転移をしたりして、もはや治らない状態に陥ってしまう可能性もあるのです。
【画像③】 胃粘膜下腫瘍 の顕微鏡写真:左は悪性リスクは低であった.右は悪性リスクは高であった.具体的には細胞や核の形が不ぞろいなものや、核分裂像が多いものは悪性リスクが高いと診断される。このような正確な所見は術前には得難い.術後の顕微鏡検査で初めて明らかになる。
手術前にわかる悪性度指標を強いて挙げるとすると、1)大きさ=4センチを超えるものは要注意。2)潰瘍が形成されているようなものや出血しているものは要注意。3)超音波内視鏡検査や造影CTスキャンなどで腫瘍内部の様子が著しく不均一なものは要注意。 しかし何度も繰り返しますが、これらは必ずしも当てはまらないこともあり、正確な診断は術後の病理組織検査を待たねばなりません。
私は胃内手術を始め、腹腔鏡での胃粘膜下腫瘍手術を1993年(金沢大学病院勤務時代)から積極的に行ってきました。2012年からはメディカルトピア草加病院で手術を行っていますが、2020年6月までの同病院での胃粘膜下腫瘍手術総数は400人を超えています。この手術数は世界でもトップレベルと思います。日本全国、あるいは海外からも、胃の温存を希望する患者様が手術を受けに来てくださいます。